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バレンタインと愛の告白|心温まるお話

2月14日のバレンタインデーというと、イメージは愛する人へのプレゼントがありますが、
そもそも、バレンタインって何故ロマンチックな愛のお話になっっているのかご存知ですか?

ふと、バレンタインのルーツをたどってみたくなりました。

14.10.20バレンタイン昔ばなし2

バレンタインの始まり

バレンタインとは人名です。
3世紀にローマで殉教したキリスト教司祭を勤めた人の英語読みの名前なんです。
ローマはイタリアだから、イタリア語では「ヴァレンティーノ」と言います。

3世紀当時、ローマ皇帝「クラウディウス2世」は、若者の結婚を禁じていました。
なぜかというと、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がると考えていました。
ローマ皇帝は兵士達の結婚が戦意に支障をきたすと危惧していたんですね。

キリスト教司祭だったバレンタインは結婚できない若者たちを哀れに思ったんです。
密かに結婚させていたんだけれど、皇帝はこのことを知り、バレンタインにローマ国教への改宗を迫りました。

しかし、バレンタインは承諾しなかったので、投獄され、処刑されてしまいました。

愛の裏にはこんな悲しいエピソードがあったんですね。
そして、バレンタイン司祭が処刑された日が2月14日。

処刑されてしまったバレンタインですが、後に勢力を増してきたキリスト教において
聖なる人として認定されています。

バレンタインデーとプレゼント

ローマでは、伝統的な祭りがありました。
当時、ローマでは、2月14日は女神・ユノの祝日。
そして、翌2月15日は、豊年を祈願するための
そして、清めの祭りでもあるルペルカリア祭の始まる日だった。

毎年2月14日に未婚の女性たちは
紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていました。

女性たちの名前が書かれた紙を集め、
翌日に未婚の男性がその紙を引きます。ドキドキですね。

紙に書かれた名前の女性が祭りのパートナーとして一緒にいることと定められ、
その多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、結婚していったのです。

ところが、初期のローマ教会は、当時の祭事から異教の要素を排除しようと
ルペルカリア祭を禁止しようとしました。
しかし、ただ禁止しても反発を招くだけであったため、
ローマ教会はこの祭りに何かキリスト教に由来する理由をつけようとした。

そこで兵士の結婚のために殉教したとされるバレンタイン司教のお話を利用したと考えられています。
こうしてキリスト教以前からあったルペルカリア祭は、
バレンタイン由来の祭りであると解釈を変更され、祭りはその後も続いていったのです。

その後、キリスト教では、カードや花束などを贈り合う行事になっていきます。
今では、バレンタインデーとして、2月14日に祝われ、世界各地で男女の愛の誓いの日とされています。

また、チョコレートを贈る習慣は、19世紀後半のイギリスで始まったもの。

キャドバリー社の2代目社長リチャード・キャドバリーが1868年に美しい絵のついた贈答用のチョコレートボックスを発売。

これに前後して、キャドバリーはハート型のバレンタインキャンディボックスも発売。
これらのチョコレートボックス等がバレンタインデーの恋人などへの贈り物に多く使われるようになり、
後に他の地域にこの風習が伝わっていったんですね。

barentain

<終わりに>

若者の結婚を禁じていたという事実があり、バレンタイン司教が密かに結婚させていたなんて、バレンタインさんは勇気のある方だと思います。

西ヨーロッパなどでは、男性も女性も、花やケーキ、カードなどの様々な贈り物を、
恋人や親しい人に贈る日でもあります。

イギリスではカードには、「From Your Valentine」と書いたり、「Be My Valentine.」と書いたりもしています。

しかし、日本が考案した、バレンタインデーのお返しになるようなホワイトデーの習慣はありません。

愛のお返しプレゼント日を作ってしまった日本のお菓子メーカーには脱帽ですが、そのお話にのるかどうかはあなた次第ですね。

その他、韓国のバレンタインの過ごし方があったので、少しだけお知らせしますね。

バレンタインデーから派生した文化(韓国編)

<ホワイトデー>
バレンタインデーの1か月後である3月14日。日本と同様のもの。

<ブラックデー>
バレンタインデーの2か月後である4月14日。
バレンタインやホワイトデーに縁の無かった男女が黒い物を飲食する日とされています。

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